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海の男たちの命を湛えた場所は、山には無慈悲にも無かった、
少年の彷徨の果ての夭折に、親たちの涙とともに、ご冥福を。
小学校5年の時、担任の小島千代子先生の病欠代理で、代用
教員の小柄な女先生が臨時担当。ある、週末の昼下がり、学
校に無断で、八条口前の学校から市電で、伏見稲荷へ山歩き。
おっちょこちょいの僕は、クラスの皆の先頭。奥田君と前へ
前へ。気がつくと彼も後方。初めての稲荷の赤い鳥居群に囲
まれた地点で僕一人。女先生もクラスの仲間も見当たらない。
不安にかられて、無我夢中で、見知らぬ山道を上下。はぐれ
て久しく、意を決して敵前逃亡。一目散に師団街道まで下山。
我が家に泣いて帰ると、お母が、”はぐれた皆や先生が、心
配してはるんと違う、歳夫”と一言。取って返して、学校へ。
伏見線停留所の市電線路の上に、かがみ込んで待っていると、
”野村さーーーん、野村くーーーん”と電車の窓から大声が。
よかった皆に会えた。すると、女先生が眼を腫らして下車し、
”野村くん、私、皆を降ろして、捜しに戻るとこやったんよ”
と、か細い涙声で、、、
山歩きの表裏を想いつつ、、、遊ぶビキラ 拝
(おまけ)
岩遊び 父の脳裏に 七五三 −慈水ー
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