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教えていただきたいのですが・・・

 投稿者:綺堂入門者  投稿日:2010年11月26日(金)03時28分10秒
  こんばんは!
いきなり書き込んで申し訳ありません!
私大学4年、卒論で『玉藻の前』を扱うものです!
ここにこのようなことを書くのは間違っているのかもしれませんが、
その場合は管理人様、削除していただいてかまいません!

玉藻の前を扱うにあたり、先行研究や、文献があまりない(手に入りにくい)と感じたのですが、玉藻の前についての作者の考えや、ちょっとしたことでもよいので、何かこれといった文献などあればぜひ教えていただきたいです!
そして、ゴーチエのクラリモンドと玉藻の前の関係について(ネット上では翻案というのが有名って出てきたのですが)書かれた文献などあれば教えていただきたいです!
そのほか、何でもいいのでちょっと関係あるかも?ということあればお願いします!
不躾ですいません!ちなみにテーマは玉藻の前からみる綺堂もの、その独自性と魅力(綺堂の換骨奪胎性)です。
 
 

綺堂事物の移動、引っ越しのお知らせ

 投稿者:和井府清十郎  投稿日:2010年11月 6日(土)20時33分41秒
  10年ほどお世話になった、旧サーバーinfoseekのサービス停止により、つぎへ「綺堂事物」は引っ越し・移転しました!
 新URL:
 http://kidojibutsu.web.fc2.com/

つきましては、ご不便・面倒をおかけしますが、URL・リンク、ブックマークなどの、ご変更をお願いいたします。
今後とも、綺堂事物をよろしくお願いいたします。

店主 和井府清十郎 拝
 

「半七捕物帳~槍突き~」

 投稿者:かたりとメール  投稿日:2010年 9月16日(木)17時20分41秒
  来月、語りと和楽の会を行います。
「半七捕物帳~槍突き~」を、語りと津軽三味線の共演でお送りいたしますので、
是非、ご来場下さい。
詳しい情報はこちらでもご案内しております

http://www.event-navi.ne.jp/d_top.php?eventID=0000005961

不適切な情報掲載でしたら、たいへん申し訳ございません。
削除して下さい。

http://katarito.blog108.fc2.com/

 

久しぶりにあっぷです

 投稿者:わいふ  投稿日:2009年12月23日(水)18時11分52秒
  とても忙しかった、今年。やっと作業に戻れました。
途中、寄り道もいろいろあったのですがね。
ロードバイクとか、クラッシック・カメラとか・・・・。
まあ、今年も残り少ないですが、出来るだけ、作業します。よろしくお願いします。
 

半七の録音DVDの案内

 投稿者:わいふ  投稿日:2008年 9月30日(火)10時32分59秒
  半七捕物帳の録音は、いろんなところでなされていますが、つぎは新しいものですので紹介しておきます。

文聞舎さんの、「朗読全集 半七捕物帳」DVD 第1巻~第4巻(2008年9月1日発売)
 視聴・購入もできます。 URLは、http://www.bunbunsha.com/

私は、聴くのも好きです。声の使い分け、地文の読み、読んでいる人の想像などします。HDD内蔵のiPODに入れて外で聞くのもいいです。
 

名島城や界隈のこと

 投稿者:わいふ  投稿日:2008年 2月24日(日)18時19分36秒
  fziro 様

当時の名島界隈の記事をありがとうございます。
境内のあの石は、帆柱石に似ているので気になりますよね。それにしては、放って置いた感じだし。

稲荷さんの方にも足を向けてみたのですが、コンクリで通路が固めてあり、石垣らしい後を見つけることは、そのときは、できませんでした。

昭和20年代後半の名島城跡付近の航空写真がありますので、ご覧いただけると、1956年の米軍の写真より、ぐっと詳しいと思います。住んで居られた頃のイメージに近いのではと思います。
 このBBSでは画像を載せることができなかったのではと思いますので、まだ試験的ですが、ブログの方に、ご返事やら感想を書きましたので、ご覧いただけると幸いです。
 「再綺堂  綺堂事物の周辺」です。そこの「名島城幻影」のところですね。
 http://blogs.yahoo.co.jp/kidojibu2/40561125.html

また、いろいろ名島や名島城などについてお教えいただけると幸いです。
 

(無題)

 投稿者:fziro  投稿日:2008年 2月23日(土)16時18分16秒
  精読させて頂きまして、元住民として気づいたことを書かせていただきますね。

※福岡名島城址探訪記『馬妖記』の舞台に関して

・名島神社境内にある帆柱岩似の石については子供の頃から気づいて気になってました。
 帆柱石がいつからあそこに転がってるのかは解りませんが、
 本来あの場所にあるような性質の化石ではなく、炭坑ではタマに見つかって、
 あの種の化石が見つかる場所は炭坑としてハズレなので忌み嫌われていたそうです。
 ということは、誰かが持ってきて転がしたはずで(笑)、
 名島城址に立っている名島神社にその片割れみたな岩があるということは、
 築城の際に筑邦辺りからハク付けで運び、置ききれなかった分を城内に転がしておいたのか、
 あるいはすでにあった帆柱岩の一つをお守りとして引き上げたのかのどっちかではないか と思っていますが、果たして真相は?(笑)



※名島城幻影の記事に関して

・白黒の航空写真で堀が残っている場所のうち、飛行場からタテに伸びている部分や
 二の丸あたりは「内堀」という地名でした。
 私が住み着いた頃(1965)にはもう埋め立てられてましたが、確かに平坦な土地でした。

・三の丸団地の下部のくさびを横にしたような地形はもう住宅地でしたね。
 ただ三の丸団地の裏手の小山の中には大きな池があって、そこでよく遊んでました。
 「幻影その2」の三の丸団地の写真の背後に写ってる小山です。
 あのあたり未だ手つかずみたいだから、探検したらなにかあるかもですね?(笑)

・名島の海ではまだ海苔が採れていました。家が海沿いだったので、
 窓からその四角い仕掛けがよく見えましたね。

・三号線から水上飛行場に伸びる道路は、往事はレンガで舗装がされていたそうで、
 私の幼少時にもまだ残ってました。ただすぐに城浜団地の埋め立てが始まり、
 大型ダンブが踏み荒らした結果ガタガタになって、やがて普通のアスファルトに変わりました。

・名島神社の裏手の一段高くなった場所は製糖工場の社長宅があった場所で、
 子供の頃一度忍び込んで怒られましたが(笑)、その広い芝生は印象に残ってます。
 これまで「名島城跡」という碑が建っていた場所はどう考えても狭く、
 http://www.city.fukuoka.jp/contents/7d14c2131b2/7d14c2131b236.htm
 子供の頃はあそこに土俵を作ってチビッコ大相撲が行われていたりもしたので、
 「城があったなら、あの社長さんとこだよな」と思っていたら、やはりそうで、
 今は立ち退いたんで調査が行われていると知って得心しています。
 名島神社から向かって左側に、社長さんちを挟む形で、豊川稲荷への参拝路が伸びてますが、
 その参拝路が所々陥没して、石垣みたいのが覗いてたし(笑)。
 ちょうど「幻影その2」にある写真みたいな感じでしたよ。
 

Re: 名島について

 投稿者:わいふ  投稿日:2008年 2月23日(土)10時13分3秒
  fziro 様
 どうも名島や馬妖記についてのお書き込み、ありがとうございました。ご返事が遅くなりました。実際に、ご“城下”に住んでおられた方からのものなので、大変有り難いです。その分、私の記述に誤りや曖昧なところがなかったか不安ですけれど。
 ご推察のように、おそらく、綺堂さんも、岩見重太郎や隆景の家臣団などの文献は押さえられていたと思います。海馬の背後に岩見重太郎を重ねられて見られるのは、すごいですね。現在名島運動公園とか野球場になっている辺りが、家臣団の住まいがあったところだと思いますので、そのあたりで生まれたのでしょう。私は岩見重太郎のことはほとんど知りませんでしたので、これから調べてみます。それにしてもお詳しいですね。
 埋め立てで海が汚れていたような感じで、昔の葉書と較べると白砂青松の地も今は昔の感ですね。天守閣跡は、民家だったのが、市の公園になるような話もあるようなので、公開が待たれます。
 綺堂さんは、作品の中にも書いておられますが、地図で確認されただけですね。多々良川は、足利尊氏が起死回生の勝利を収めた、古戦場でもありますので、曰わく因縁もあるところなのでしょうか。12月の福岡マラソンで名島橋と多々良川の風景がちょっとだけ出てくるのを時々見ます。
 今後ともよろしくお願いします。わいふ
 

名島について

 投稿者:fziro  投稿日:2008年 2月19日(火)17時56分58秒
  初めまして。m(_ _)m
「馬妖記」について検索していてたどり着きました。

この作品には深い愛着があります。というのも、私、
1960年代中頃から20年間あまり名島に住んでおりまして、
ちょうど名島神社の下の土地の海側で生活していたからです。
小早川治下の名島で起こったこの怪異憚、多々良河畔には幽霊話もありますが
そうではなく、今風に言うならUMAの目撃談というのが素晴らしいと思います。

実は名島にはもう一つ、怪物に関係ある話がありまして、
そうあのヒヒ退治の岩見重太郎がこの地で生まれているんですね。
彼の実父は小早川隆景の家臣・岩見重左衛門でありますから、
ひょっとしてこの海馬の話の背後には岩見重太郎が暗躍していたんではないかと
妄想してみたりもします。

名島城趾周辺の写真や航空写真も懐かしく、
特に白黒の方は私が住み着いた頃の記憶そのままで感激いたしました。

どうかこれからも岡本綺堂の御研究に精進なさって下さいまし。
 

半七碑除幕式

 投稿者:わいふ  投稿日:2007年 7月29日(日)13時02分30秒
  半七碑除幕式 「十手飛び提燈舞う 賑やかに“半七碑”除幕」 東京日々新聞1949年11月7日の概要をアップしました。  

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